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    崎戸町:中国人強制連行追悼碑建立の動きについての一考察

    • 2016.11.22 Tuesday
    • 03:28

    【三菱マテリアルと中国人強制連行裁判について】

    70年以上前に日本に強制連行され、強制労働をさせられたと主張する中国人労働者と

    三菱マテリアルが争っていた訴訟の一部が、三菱マテリアルの大幅な譲歩の元、和解

    となりました。



    その和解内容には「賠償金の支払い」や「和解事業」と言う名目で「追悼碑の建立」

    などの予算も計上されていました。日本側で裁判を支援(主導?)した日本国内の

    反日サヨク団体は完全勝利を宣言し、「崎戸の三菱マテリアルの私有地に追悼碑を

    建てる内諾を得ている」と発表しましたが、三菱マテリアル側は「そんな約束はし

    ていない」と否定しています。どちらが本当の事を言ってるかはわかりませんが、

    今後、水面下でどんな話し合いがされるかはわからず、いつの間にか碑が建ってい

    たということがないように、建立に反対する世論の形成を急がなければなりません。

    さて、この件に限らず、私たちは特亜と反日サヨクによる執拗な歴史戦を仕掛けられ

    てきました。残念ながら今まで劣勢でした。対抗するためには近代史をよく知る必要

    があります。歴史とはその深い知識を持って色んな角度から検証する必要があるので

    す。そこで今回問題となっている中国人の強制連行・強制労働問題に関して”こちら”

    の立場から少し「おさらい」をしましょう。

    【中国人労働者導入に至る背景】


    前の大戦前〜大戦中は、兵役にとられた日本人男性のかわりに「兵役が課せられてい

    ない朝鮮半島出身の日本人(朝鮮人)」や「中国人」が働いていたことは事実です。

    しかし、当時、日中戦争を戦っていたとするならば中国人は敵国人のはずです。

    当時の日本がなぜそのような中国人を労働力として炭鉱などの重要施設に導入するに

    至ったのか・・・。

     

    その答えは「当時の中国は一つではなかった」という特殊な事情にあります。

     

    昭和12年(1937年)〜昭和16年(1941年)までの中国大陸での戦い(盧溝橋

    - 廊坊 - 広安門 - 平津 - 通州 - チャハル - 上海 - 太原 - 南京 - 徐州など)は「戦争」

    ではなく「支那事変」と呼ばれます。これらは多数の兵士が死傷する戦闘でありな

    がらも、宣戦布告が行われていない蒋介石の軍閥や八路軍との地域紛争であるから

    です。

    日本側から見た支那事変(1〜4)

    https://www.youtube.com/watch?v=eFZCRfUKwdc

    https://www.youtube.com/watch?v=9laa8URy9ow&t=118s

    https://www.youtube.com/watch?v=ysHdQ4vPk0I&t=1s

    https://www.youtube.com/watch?v=iCO7JkhTQbo&t=1s

    これら幾多の事変や紛争を経て、1940年に南京に成立した中華民国南京国民政府

    =汪兆銘政権を日本は支援しました。日本に導入された中国人の労働力は、その

    南京政府の管理下の行政区域から「華北労工」などが募集・教育して、日本に派

    遣した「2年間の契約労働者」なのです。これら中国人労働者導入にあたっては、

    事前の試験導入で、非常に良好な成績を収めたので、相当の期待とともに本格導

    入に踏み切りました。日本は八紘一宇の精神からも中華民国南京国民政府お墨付

    きで送られてくる中国人を敵だとはみなさず、共に生きる東亜の民だと考えまし

    た。しかし、次第に中国側の募集機関が、労働に適さない70歳以上の老人や重病

    者、囚人、捕虜などを送るようになり、無条件で受け入れた日本国内の企業は

    大変苦労をしたという記録が残っています。

     


    さて、崎戸に送られた労働者は15歳から60歳までの農民で、文字を解するものも

    少なく、健康状態は「不良」という記録があります。当時日本人の平均寿命でさえ

    50歳の時代なので、そのような高齢・病弱・浅学の労働者を炭鉱で働かせるという

    ことは非常に困難でした。



    崎戸には炭鉱の爆破と設備の襲撃を企てた罪で起訴されてた中国人がいたことも

    見逃せません。今で言う「テロ犯」です。逮捕された彼らは正式な裁判を受け、
    収監されていた長崎刑務所で原爆の直撃を受け即死しています。

       

    なお、爆心直下の長崎刑務所で死んだこれら32名の追悼碑が平和公園に建立され
    ています。平和公園の中で唯一の個人名が書かれた追悼碑ですが、2名の名前が間
    違っています。また、死んだのは華人ですが、中共による歴史戦の道具として利用
    されています。

     

    また、終戦直後、

    中国人による暴動事件が発生したことも崎戸町史に記されています。

     



    現在、日本が仕掛けられている歴史戦はそのような事実を隠した一方的な歴史観

    に基づいています。「日本軍によって強制連行された中国人は、全て健康で善良な

    人たちであったが、炭鉱などの過酷な強制労働の末に殺された。」と、その責任を

    すべて日本のせいにしているのです。



    【地元の意見:追悼碑を建てる最適地とは?】


    今回、このレポートをまとめるにあたっては、地元の方の意見を尊重すべきである

    と考え、何度も崎戸町に足を運び、道行く人に声をかけ、ご意見を伺いました。

    最盛期2万5千人以上が住み、空前の活況を呈した崎戸炭鉱も閉山によって殆どの人

    が離散しました。現在の地元の人は、もともとの漁民や島で商いをしていた方々で

    あり、炭鉱のことを詳しく知る人はほとんどいません。

    その中で、少なくとも私が声をかけた町民には、中国人強制連行追悼碑の建立を歓迎

    する人はひとりもおらず「そんなものは要らない」という意見ばかりでした。しかし、

    唯一の大きな産業である三菱マテリアル系の「螢瀬ぅ筌愁襯函廚亮蠢亜大きな声を

    出せない町民がいることも事実であり、声なき声である「サイレント・マジョリティ」

    の存在を強く感じます。

    一方、今回の騒動は特亜と反日サヨク団体などによるによる一方的な主張に基づく

    歴史戦の様相を呈しています。私たちはそのような「ノイジー・マイノリティ」の

    声に対して断固とした意思を示すことが必要です。

     

    三菱マテリアルはいかに私有地と言えども、地元住民の意見を無視した追悼碑を建立

    すべきではありません。もし、特亜と反日サヨクとの約束を守らんがために、どうし

    ても追悼碑を立てなければならないというのなら、その最適地は「三菱マテリアルの

    本社前」です。崎戸と崎戸の住民にその責任を押し付けるのは大きな間違いです。

     

    【住民の意見:朝鮮人の話】


    住民の中には、この話題をまったく知らない住民もいますが、新聞報道で詳しく知って

    いらっしゃる人もいました。その方は、

     

    「70年以上も前のあったかどうかかわからんことを持ち出して追悼碑を建てることは、

    両国にとって好ましいことじゃない。そんな碑を建てればいつまでもお互いが”あった、

    なかった”と喧嘩せにゃならん。あの時はそういう時代やったとよ・・・。日本人もい

    っぱい死んどるとけど何も言わんやろ・・・。お互いこれからの未来を見つめて行か

    んばさ。」

     

    とおっしゃっていました。もっともな意見だと思います。

    その方は近い将来、この中国人強制連行問題に関連付けられる計画であろう「崎戸に

    いた朝鮮人」についても言及してくれました。

    「朝鮮人?いっぱいおったよ。だけど名前も日本名やったし分かるもんか(笑)。

    よく仲良う遊びよったよ。閉山でおらんごとなって、後から”あの人は朝鮮人やったと

    よ”って聞いてびっくりしたくらいのもんたい。(笑)」

    「”朝鮮人への差別?” そがんもんは無かったね。悪か事せんで真面目に働くもんに

    は、なに人であろうとちゃんと接しとったよ。特に炭鉱じゃ仲良うしとかんと自分の

    命に直結するけんね。」

    これらの現地の声を聞かずして、自らの理想と主義主張だけで追悼碑の建立を画策す

    る反日サヨクら「ノイジーマイノリティ」にほとほと呆れる今日このごろである。

     

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